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愛の喜び

   

東京教区の田中昇神父様が、2016年に発布された使徒的勧告
Amoris Laetitia━愛の喜び━を(日本語訳2017年8月刊行)
12回にわたって、解説をしてくださいます。
どうぞご一緒に深めて行きましょう。



第10回 家庭の霊性の根底である祈り
東京教区司祭 田中昇
2018/1/1 更新


第9章 夫婦と家庭の霊性 

 使徒的勧告『愛のよろこび』の最終章である第9章は、家庭において人々が祈りを現実に生きるよう説いています。なぜならキリストは、「苦難の日々」にあっても、家族の生を「統合し、これに光を当てる」からです。ここでは夫婦と家庭の霊性をテーマとして論じられているのですが、それは、「何千もの具体的であり本物の愛情表現」(315項)からなるものなのです。本章では、「深い霊性を求める者にとって、家庭は霊的道程の成長を妨げるものではなく、むしろ神秘的な結合の頂点にまで自己を導くために主が用いる道」(316項)であると明確に述べられています。そこでは、何もかも「すなわち喜びの一時も、休息も、祝いも、性(セクシャリティー)さえも、復活の主の完成した命への参与として体験されるものとなる」(317項)のです。そこで復活の光に照らされて祈ることや、排他的かつ自由な愛、すなわち神の愛を示しながら、共に年を取って、共に身を削って行こうという望みが現れるのです(319項参照)。結局のところ、これは「相互に世話し合い、慰め合い、刺激し合う」霊性であって、「家庭生活の全てが、慈しみ深い『遊牧』であり、そこでは各自が注意深く相手の人生に字を綴り、絵を描いていく」(322項)ようなものだと教皇様は指摘しています。このように、「愛おしい相手を神の眼差しで眺めて、相手の中に主イエスを発見すること」(323項)は極めて深い霊的体験となるのです。

 こうして教皇フランシスコは、信仰を表現し強める手段として、家庭の中で「祈り」を実践するよう招いているのです。実際、キリストは、たとえ辛く苦しい日々においても、家庭生活を一致させ、光で照らし、十字架の神秘によって困難と苦しみを愛の捧げ物に変えてくださるのだと教皇様は説いています。ですから、主との対話である深い祈りに裏付けられた家族の在り様が、いかに家庭を健全かつ強くしていくのに必要かということを覚えておかなければなりません。主のいつくしみと愛に象られながら、家族も互いに神から与えられた召命の道を進み成長していくからです。
本勧告の最後の条項において、教皇様は次のように断言しています。「いかなる家庭も常に完璧で、一回だけで型どおりに創り上げられるものではなく、愛する次元での絶え間ない成長が必要です。・・・私たちは皆、自分自身や自分の限界を超えたところを目指し続ける緊張感を保ち続けるように呼ばれており、いかなる家庭もこのような絶え間ない刺激において生きるように呼ばれているのです。家庭よ、歩みましょう!歩み続けましょう!・・・自己の限界を前にして失望することなく、約束された完全な愛と一致を求め続けましょう!」(325項)

 教皇フランシスコの「希望を失わないように」という世界の家族を勇気づける言葉と共に、聖家族への取り次ぎの祈りをもって本使徒的勧告は締め括られています(325項)。

 このように、使徒的勧告『愛のよろこび』では、家庭の「理想」が叫ばれているのではなく、むしろ家庭の豊かで複雑な現実を確認しようとする姿勢、態度が示されているのです。紐解いて見ると、家庭とは、抽象的な概念や理想的な計画等によって成長していくのではなく、むしろ深く肯定的な視点をもって、現実に対する司牧的配慮によって成長していくものなのです。使徒的勧告では霊的な助言とともに、実践的な世知がまとめられており、家庭を形成しようとする人々、また家庭生活において困難を覚えている人々、家庭に係る全ての信者にとって役立つものとなっています。これはまさに具体的な体験の結果からのものであると言えます。家庭とは何か、長年寄り添うことを体験的に理解している人々の具体的な体験のをまとめた結果であると言えます。実に、この使徒的勧告では実体験という言語を使って話されているのだということが理解されるのです。